心臓手術

冠動脈バイパス術直前に、アスピリンを始めないほうがよい ATACAS試験

Stopping vs. Continuing Aspirin before Coronary Artery Surgery.
N Engl J Med. 2016 Feb 25;374(8):728-37.

《要約》
背景
心筋梗塞、脳梗塞、死亡に対する一次予防あるいは二次予防のため、冠動脈疾患を有する多くの患者がアスピリンを内服している。アスピリンは手術の出血リスクを増加させるが、冠動脈手術の前にアスピリンを中止すべきかどうかは明らかではない。

方法
冠動脈手術が予定されている患者を、2×2 factorial designでアスピリンとプラセボ、トラネキサム酸とプラセボに無作為に割り付けた。アスピリン試験の結果をここに報告する。患者はアスピリン100mgもしくはプラセボを術前に内服するよう無作為に割り付けられる。主要評価項目は、術後30日以内の死亡と塞栓症(非致死的心筋梗塞、脳梗塞、肺塞栓症、腎不全、腸管塞栓症)である。

結果
5784例のうち2100例を登録した。1047例をアスピリン群に、1053例をプラセボ群に無作為に割り付けた。主要評価項目は、アスピリン群で202例(19.3%)、プラセボ群で215例(20.4%)認めた(RR:0.94、95%CI:0.80−1.12)。再手術を要する大出血はアスピリン群で1.8%、プラセボ群で2.1%であった(P=0.75)。心タンポナーデはそれぞれ1.1%と0.4%であった(P=0.08)。

結論
冠動脈手術が行われる患者において、術前にアスピリンの内服を開始することはプラセボに比べて、死亡と塞栓症のリスクを低下させず、出血リスクも増加させない。

◯この論文のPICOはなにか
P:冠動脈バイパス術(on-pumpまたはoff−pump)が予定されており、合併症のリスクが高い患者
I:術前にアスピリン100mgの内服を開始する(アスピリン群)
C:術前にプラセボの投与を開始する(プラセボ群)
O:術後30日以内の死亡と塞栓症(非致死的心筋梗塞、脳梗塞、肺塞栓症、腎不全、腸管塞栓症)

inclusion criteria:アスピリンを内服していないこと、術前にすくなくとも4週間以上アスピリンの内服を中止していること
exclusion criteria:本文には記載なし(inclusion/exclusion criteriaの詳細はsupplementary appendixを参照せよと)

手順
ワルファリン、クロピドグレルは少なくとも手術7日前に中止する。その他の抗血小板薬や抗凝固薬は施設に一任。アスピリン群とプラセボ群に1:1に無作為に割り付け、内服は手術1−2時間前から開始する。12誘導心電図は術前、術後1,2,3日後、退院前に記録する。術後12,24,48,72時間後に採血を行いトロポニンを測定する(トロポニンが測定できない場合にはCK−MBを測定)。入院中は毎日患者の評価を行い、手術30日後には電話でコンタクトを取る。

outcomeの定義
3rd universal definitionに基づく。加えて、Q波がない場合は、CABG後少なくとも12時間経過した段階での心筋バイオマーカーの上昇(トロポニンI:10ng/ml、トロポニンT:4ng/ml、CK−MB:正常上限の3倍)で評価する。ただし、CK−MBは近年の報告との一貫性を保つ為、正常上限の5倍とした。

3rd universal definition
CABGに関連した心筋梗塞はtype5に分類される。定義は、心筋トロポニンが正常上限の10倍以上に上昇していること。それに加え、1)新規のQ波またはCLBBB、2)造影上のグラフトまたは冠動脈の新規の閉塞、3)心筋バイアビリティの新規の欠如または新規の壁運動異常があること(circulation2012;126:2020-35)。

◯baselineは同等か
同等。
characteristics

◯結果
地域:オーストラリア・ニュージランドなど5カ国、19施設
登録期間:2006年3月〜2013年1月
観察期間:術後30日間
無作為化:コンピュータにより生成されたコードを用いて無作為化を行う。自動音声認識電話またはウェブベースサービスを使用。施設により層別化(隠匿化は難しくなる)。
盲検化:患者、治療介入者(術者、麻酔科医)、outocome評価者は盲検化されている。
必要症例数:αlevel0.05、power90%、primary endpointの発生はアスピリン群で7%、プラセボ群で10%と仮定し、必要症例数を4484例と算出し、4600例を登録する予定だった。試験途中でプロトコールを変更し、必要症例数を1880例(power90%、30%のリスク減少)とした。
症例数:2100例
追跡率:99.9%
解析:ITT解析
スポンサー:バイエルが腸溶性アスピリン100mgを提供。解析への関与はない。

result

◯感想/批判的吟味
・baselineは同等であるようだが、結果に影響を与える可能性がある因子としては、弁膜症(ischemic MR)の有無、LVEFが検討されていない。
・試験途中で必要症例数を変更している。理由は、1)すでにアスピリンを内服している患者が予想以上に多く、症例が集まらないこと、2)primary endpointの発生が予想以上に多くpowerが増したこと。
・修正した必要症例数を満たしているが、primary endpointで有意差はない。

アスピリンはグラフト血栓症、心筋梗塞、脳梗塞を減少させるが、手術の出血リスクがそれを上回るかもしれず、心臓手術前にアスピリンを中止すべきか否かについては明らかではないらしい。そして、このATACAS試験では、アスピリンを内服していない症例を対象に、アスピリンを術前に開始するかどうかで、死亡・塞栓症に差はでなかった。そして、出血事象が有意ではないが増えている。今までは、CABGにまわる症例でもルーチンでバイアスピリンを開始していたが、それを改めなければならないような結果である。